1987年に公開された映画『ラストエンペラー』は、第60回アカデミー賞において史上まれに見る“完全勝利”を果たしました。
主要9部門すべてで受賞を果たしたその快挙は、なぜ実現できたのでしょうか。
この記事では、『ラストエンペラー』がアカデミー賞を席巻した背景や、評価されたポイント、舞台裏の制作秘話などを詳しく解説します。
- 『ラストエンペラー』が9部門を制した背景と戦略
- 映像・音楽の完成度と中国政府協力の舞台裏
- 西洋的歴史観による偏向と日本視点からの批判
ノミネート9部門すべてで受賞
『ラストエンペラー』が1988年の第60回アカデミー賞で達成した「ノミネート9部門すべて受賞」という記録は、今なお語り継がれるほどの偉業です。
作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、音楽賞、編集賞、音響賞という9部門すべてで栄冠を勝ち取りました。
これは単なる映画の出来の良さだけでは説明できない、当時の映画界の潮流や国際的な評価軸の変化とも深く関係しています。
特に注目すべきは、脚色賞と監督賞の同時受賞です。
これは、物語の構成力と演出力がいかに高く評価されたかを象徴しています。
同作が原作としているのは、ラスト・エンペラーこと愛新覚羅溥儀の自伝『わが半生』。
この自伝をベースに、20世紀初頭から文化大革命期までの中国現代史を横断するようなストーリーへと昇華させた点が、審査員の心を強く打ちました。
また、この年はライバル作品が比較的少なかったことも、“独走状態”を後押しした要因です。
もちろん、ただライバル不在だったから勝てたのではありません。
1980年代後半という時代背景の中で、「国境を越えた歴史叙事詩」としての評価が特に高まりました。
完全勝利の理由
全9部門受賞=完全勝利という結果は、作品の完成度と普遍的なテーマ性、そして国際的な映画人の結集による協働成果が結実した結果といえるでしょう。
『ラストエンペラー』がアカデミー会員たちの心を捉えた最大の理由は、その「普遍性」と「異文化の融合」にあります。
本作は中国最後の皇帝・溥儀の波乱に満ちた生涯を描いていますが、そこには単なる“歴史ドラマ”にとどまらない、人間の存在、自由、アイデンティティの問いが込められています。
そのため、アメリカ人の観客やアカデミー会員たちにも、自分自身の内面と重ね合わせて感じられる“普遍的な物語”として受け止められたのです。
もう一つのポイントは、西洋と東洋の視点がバランスよく融合されていた点です。
監督はイタリア出身のベルナルド・ベルトルッチ、脚本にはイギリスのマーク・ペプロー、音楽には日本の坂本龍一とアメリカのデヴィッド・バーンが参加。
この国際色豊かな制作体制が、アメリカのアカデミー賞においても“異文化理解”の象徴として高く評価されたのです。
さらに、溥儀の人生には“帝位につきながら自由を奪われ続ける”という皮肉な運命が描かれており、それが時代や国境を越えて観る者の胸に刺さります。
人は生まれによって定められた道を歩むべきか、それとも自由を選ぶことができるのか──。
このような根源的なテーマを、歴史的な事実と交差させながら映像化した点が、アカデミー会員にとっても非常に魅力的だったのでしょう。
西洋人的な観点
『ラストエンペラー』が提示する世界観は、西洋的な価値観に深く根ざした「東洋」への視線に基づいています。つまり、欧米の観客が理解しやすく“翻訳”されたアジアの歴史像──それはしばしば、事実よりも「物語としての魅力」が優先されるのです。
特に満州国や日本の描かれ方に関しては、以下のような課題が挙げられます:
- アジア近代史の文脈を無視し、満州国を単なる傀儡政権として描いている
- 当時の列強の中で唯一、有色人種として国際社会に挑んでいた日本の立場が省略されている
- 欧米視点の“植民地主義の反省”を、中国の再教育による“浄化”にすり替えている
これはまさに、「所詮ヨーロッパ人の映画」と呼ばれた一因です。
とはいえ、こうした歴史的・政治的限界を抱えつつも、作品がアカデミー賞で評価された背景には「映像」と「音楽」の芸術性があったことも事実です。
圧倒的な映像美と音楽の完成度
『ラストエンペラー』はその歴史的解釈には賛否両論がある一方で、映像美と音楽の芸術的完成度においては、世界中で高い評価を受けました。
特に注目されたのが、実際の紫禁城で撮影された壮麗なロケーションです。
中国政府が西側映画に全面協力し、紫禁城の内部での本格的な撮影が許可されたのは史上初のことでした。
このスケール感により、皇帝という立場の孤独や異質さが映像として雄弁に語られ、観客の視覚に強烈な印象を与えました。
色彩設計もまた秀逸で、溥儀の精神状態に合わせてトーンが変化する演出は、心理描写を視覚化する洗練された表現です。
これにより、セリフに頼らずとも物語の重層性を感じ取ることができる構成となっています。
音楽面でも革新が見られました。
作曲は、デヴィッド・バーン、坂本龍一、コン・スーという多国籍なチームによって手がけられ、伝統と前衛が融合した異色のサウンドが誕生しました。
とりわけ坂本龍一が手がけたエンディング・テーマ曲は、静謐でありながら情感に満ちており、映画全体の情緒的な奥行きを支えています。
日本側の意見では
しかし、その芸術性の高さが逆に、「表現の美しさが真実を覆い隠してしまっているのでは?」という批判も呼びました。
日本や一部の歴史研究者の間では、映像の説得力によって“歪められた歴史観”が正しいと誤解される懸念が指摘されています。
つまり、『ラストエンペラー』は視覚と聴覚で観客を圧倒する作品であると同時に、その芸術性ゆえに観る側の批判的思考を必要とする映画なのです。
中国共産党の全面協力
『ラストエンペラー』がアカデミー賞で成功を収めた大きな要因の一つに、中国政府の全面協力による前代未聞のロケがあります。
特に注目されたのが、北京・紫禁城の内部での撮影が初めて外国映画に許可されたという歴史的事実です。
これは、冷戦の影が残る時代において、非常に異例の国際的な文化交流であり、映画史に残る出来事でした。
撮影では、数百人にも及ぶ現地エキストラや軍隊が動員され、王朝の栄華と混乱を大規模に再現しました。
これにより、スタジオ撮影では不可能な本物の空間がスクリーン上に展開され、観客に強烈な没入感を与えたのです。
こうしたリアリズムの演出は、特に美術賞や衣装デザイン賞といった部門で高く評価される要因となりました。
一方で、中国政府の協力と引き換えに、政治的な描写が“配慮”されたことも否定できません。
例えば、溥儀が再教育を受ける共産党の監獄は、清潔で理想化された場所として描かれており、実際の過酷な収容所の実態とは乖離があります。
これは、中国国内での公開を前提にした政治的な制約であり、映画全体のバランスに偏りを生んだと批判される理由にもなっています。
それでも、当時の西洋映画界にとって「中国」という未知の国の扉を開いた功績は大きく、映画の国際的評価に直結しました。
『ラストエンペラー』は、映像作品として中国のスケールを世界に提示した最初期の成功例として、今なお語り継がれています。
俳優たちの演技力
『ラストエンペラー』の感動を支えたもう一つの柱が、俳優たちの繊細かつ重厚な演技です。
特に、主人公・溥儀を演じたジョン・ローンの演技は世界的に高く評価され、「顔で語る演技」として称賛されました。
若き皇帝としての高慢さと、晩年の孤独な人間像までを一人で演じきる彼の演技は、まさに圧巻でした。
溥儀は実在の人物であり、清朝の最後の皇帝という特異な立場から、「権力を持ちながら自由を持たなかった男」として描かれています。
この複雑な人物像に対し、ジョン・ローンは目線や姿勢、沈黙の間などを通じて細やかに感情を表現。
アジア系俳優がハリウッド大作でこれほど深く人物の内面を演じること自体が、当時としては非常に珍しく、アカデミー会員にも強い印象を残しました。
また、皇后婉容を演じたジョアン・チェンも、抑制された中に激しい情念を感じさせる演技で存在感を放ちました。
一見、歴史の陰に追いやられた女性として描かれる彼女のキャラクターにも、「抑圧と崩壊」の象徴としての深みが与えられています。
精神を病み、薬物に溺れていく様子は決して劇的に誇張されず、観客に静かな痛みとして伝わる演出になっていました。
日本人が感じる違和感
ただし、日本人視聴者としては、日本人キャラクターが類型的で背景描写も希薄である点に違和感を覚えるかもしれません。
これは演出や脚本の構造上の問題でもあり、歴史的精密さよりも「物語の構成美」が優先された結果とも言えるでしょう。
それでも、個々の俳優の演技力によって、単なる歴史絵巻ではなく、“人間ドラマ”としての厚みを作品に与えていたことは間違いありません。
『ラストエンペラー』は、あくまで欧米から見た「東洋の悲劇」という視点で物語を再構成しており、満州国の成立背景や日本の戦略的立場についての理解はほとんど無視されています。
とくに次のような点が、日本人の立場から見ると極めて問題です:
- 満州がソ連からの脅威を防ぐ“緩衝地帯”として重要だった日本の安全保障戦略が描かれない
- 満州国の建設における経済投資やインフラ整備など、現地社会への積極的関与の側面が完全に排除されている
- すべてを「帝国主義の悪」として断罪し、西洋の倫理観に合わせた構成になっている
これは、欧米のリベラル知識層が好む「被害者—加害者」構造に溥儀と日本を当てはめることで、物語としての分かりやすさを優先した結果です。
つまり、複雑な地政学的背景や歴史的経緯をそぎ落とし、西洋観客にとって心地よい“東洋の悲劇”に仕立て上げたと言えるでしょう。
だからこそ、この映画を評価する際には、「あくまで欧米から見た“演出された歴史”」であるという前提を忘れてはなりません。
『ラストエンペラー』第60回アカデミー賞での完全勝利を総まとめ
『ラストエンペラー』が第60回アカデミー賞で成し遂げた“完全勝利”は、映画芸術としての完成度と国際協調の象徴として、世界の映画史に刻まれました。
映像、音楽、演出、演技、そして中国政府の全面協力──そのすべてが重なったからこそ、主要9部門すべてを制するという前代未聞の結果に結びついたのです。
しかしながら、この映画が提示した歴史像は、西洋中心主義に強く傾いた“再構成された東洋の物語”であったことも忘れてはなりません。
とりわけ、日本の安全保障上の戦略として重要だった満州の描写は極めて一面的です。
ソ連という強大な脅威に対する緩衝地帯としての機能、日本の経済投資やインフラ整備の事実、さらには現地民の声といった多様な視点が完全に省かれています。
その結果、「悪の日本」「犠牲者の溥儀」「浄化する中国共産党」という分かりやすい構図が浮かび上がり、歴史の複雑さが矮小化されてしまったのです。
つまり、『ラストエンペラー』は“映像美と感情表現”においては傑作であるが、“歴史の真実”においては精査が必要な作品だと言えるでしょう。
我々がこの作品を観るときは、アカデミー賞の栄誉や映像の魅力に酔いしれるだけでなく、その背後にある“誰の視点で語られた歴史か”を見極める視点も求められます。
それこそが、映画を「鑑賞」するのではなく「批評」するための第一歩なのです。
- 第60回アカデミー賞で全9部門を受賞した理由
- 紫禁城ロケなど中国全面協力の舞台裏
- 西洋目線で再構成された東洋の歴史観
- 日本の立場や歴史的文脈の省略と偏向
- 映像と音楽は高評価だが歴史描写は要注意

