2020年2月、ロサンゼルス。第92回アカデミー賞の授賞式で呼ばれた一つの名前が、世界中の映画ファンの心を震わせました――『パラサイト 半地下の家族』。非英語映画として初の「作品賞」受賞。この歴史的瞬間を前に、私は、言葉をなくしました。そして同時に、確信しました。映画は、国境を超える。言語の壁をも越えて、「痛み」と「真実」は届くのだと。
この受賞には、いくつもの「理由」があります。映画そのものの完成度。社会との共鳴。そして、変わりゆくハリウッド。けれど、それらの表面的な要因の奥には、もっと大きな流れがありました。「この世界を、誰の視点で語るのか」という、映画そのものの存在理由への問いが、今、突きつけられているのです。
- 『パラサイト』が作品賞を受賞した理由
- アカデミー賞の多様性改革の背景
- 映画が描く格差社会のリアルと共鳴
映画としての完成度と普遍性
貧富の格差という“見えない壁”を描いた物語
『パラサイト』は、半地下で暮らすキム一家と、高台の豪邸に住むパク一家の“交錯”を描いた作品です。ジャンルで言えば、コメディ、スリラー、ホームドラマ、サスペンス…すべてを含みながら、どれにも収まらない。そして、その核心にあるのは、「格差」という、誰もが見て見ぬふりをしたくなる現実です。
豪邸の美しいキッチン。雨に濡れる半地下のトイレ。その「高さ」と「臭い」に、私たちは気づかされます――この社会には、目には見えない構造があるのだ、と。そして、その構造は、いつだって誰かを“におい”で判断する冷たさを孕んでいるのだと。
ジャンルを超えた語りと演出の妙
ポン・ジュノ監督は、物語を語るだけではありません。観客の“予測”をことごとく裏切ることで、「これは映画だ」という安全地帯を崩していきます。笑った次の瞬間に凍りつき、安堵の次に絶望が来る――そんな波のような感情の連続が、私たちを現実以上に“現実的な”場所へと連れていくのです。
その語り口の上手さは、言語を必要としません。画面の構図、光と影、俳優たちの沈黙。すべてが、「語らないこと」で観客の心に迫ってくる。だからこそ、世界中の誰もが、自分の街に“半地下”を見つけたのです。
アカデミー賞が迎えた“変化の波”
多様性への改革が進むハリウッド
かつてアカデミー賞は、「白人男性による、白人男性のための賞」と揶揄されたことがありました。#OscarsSoWhite というハッシュタグが拡散され、黒人俳優や女性監督、外国語映画の受賞機会の少なさに世界が声を上げたのです。
その声に応える形で、アカデミー賞は大きな改革を始めました。会員の多様化、選考基準の見直し、新しい視点を取り入れる努力…。その“変化の途中”で現れたのが『パラサイト』でした。ただのエンタメではなく、「今の世界を語る作品」だからこそ、その変化の象徴として評価されたのです。
“字幕の壁”を超えた作品
アメリカの観客は、かつて「字幕映画を観ない」と言われていました。英語が話されていないというだけで、作品が“遠く”に感じられるという先入観があったのです。しかし『パラサイト』は、その固定観念を打ち砕きました。
サンダンス映画祭でもカンヌでも、批評家たちは作品の完成度に驚きましたが、アメリカの一般観客までが心を奪われたことは、まさに「映画の力」が証明された瞬間でした。国籍も言語も超えて届く痛み――それを“理解”させたのが、『パラサイト』だったのです。
社会の共鳴と映画の力
格差社会への痛切な問いかけ
『パラサイト』が描いたのは、韓国の話ではありませんでした。それは、アメリカの郊外でも、日本の都市部でも、ロンドンの裏通りでも、“ここにある痛み”だったのです。
コロナ以前から加速していた格差社会は、資本主義の末路とも呼ばれるような風景を生み出していました。そして、誰もが「下に落ちること」を恐れ、見ないふりをしていた。『パラサイト』は、その恐れと絶望を、あえて美しい画で、恐ろしい物語で、暴いてみせたのです。
“誰の物語を語るか”という選択
映画は、誰のために、誰を主役として描くのか。『パラサイト』は、社会の“下”にいる人々を主役にした映画です。それは、ハリウッド映画が長年“脇役”にしてきた存在。つまり、「語られてこなかった人々の物語」だったのです。
その視点を選んだこと。それを世界の中心で称賛されたこと。それこそが、2020年という年の希望だったのではないでしょうか。
まとめ:『パラサイト』が描いたのは“他人事ではない現実”
『パラサイト 半地下の家族』のアカデミー作品賞受賞は、単なる「韓国映画の快挙」ではありませんでした。それは、映画というメディアが、誰の声を、どのように伝えるか――その根源にある問いに、明確な答えを示した出来事だったのです。
この映画が描いたのは、遠い国の話ではありません。私たちのすぐ足元にある「格差」、誰かの生活の中にある「臭い」、そして静かに積もる「怒りと哀しみ」。それらはスクリーンの中だけのものではなく、現実の私たちが抱えている痛みでした。
アカデミー賞は、そんな「誰もが感じているのに、誰も語らなかったこと」に光を当てました。それは、社会が少しずつ「声なき声」に耳を傾けようとしている証です。そしてそれはまた、映画がただの“エンタメ”ではなく、“共感の手紙”であり続けるために必要な一歩だったのです。
『パラサイト』の受賞を、歴史的快挙として語ることは簡単です。けれど私は、こう思いたいのです。この映画に救われた誰かがいた。それこそが、本当の意味での“作品賞”なのだと。
- 『パラサイト』は第92回アカデミー作品賞を受賞
- 非英語映画として初の快挙を達成
- 格差社会を描いた物語が世界で共鳴
- ジャンルを超えた構成と演出が高評価
- アカデミー賞の多様性改革の流れも追い風に
- 字幕映画がアメリカ市場で成功した意義
- 映画が社会の“痛み”を映す存在であることを証明

